親族間の事業承継 人と人はわかりあえるのか

第116号

日本ボクシング連盟の不正疑惑騒動で
会長の会見などの発言を聞いていると、
人ってちゃんと聞いても、
理解できないことってあるよなぁ
って思ってしまいます。

こういうキャラがたっている人は例外としても、
そもそも人はわかりあえるものなのでしょうか。

わかるというのが抽象的であれば、
「理解」と置き換えてみましょう。

人は理解できるものでしょうか?

デジタル大辞典によると、理解とは

理解-物事の道理や筋道が正しくわかること
   意味、内容を飲み込むこと
   他人の気持ちや立場を察すること

私は勤務時代、そして独立してからも
後継者社長と接する機会が多いことから

後継者社長には次のような
3つの悩みがあると考えています。

一つ目は先代との悩み
二つ目は社員との悩み
三つめは自分の本音

つまり全部人です。

とくに、一つ目の悩みはややこしいです。
まして、親子間で事業承継するとなると
わかりあうというのは、傍で見ていても大変そうです。

『自分の小さな「箱」から脱出する方法』
という本があります。

https://www.amazon.co.jp/dp/4479791779/

「箱」というのは、 「自己欺瞞(じこぎまん)」です。

自己欺瞞(じこぎまん)」というのは、
自分が問題であることに気付いていない
ということです。

箱の中に入ってしまって
気づかないという状態なのですが、

もう少しわかりやすく言うと

被害者意識になっている
自分を正当化している
状態です。

先代は
「自分が苦労してきた会社をつぶす気か」
「何もわかっていない」 と言い

後継者は
「新しいやり方をしようとするとじゃまばかりする」
「だったら自分でやればいいじゃないか」

こんな感じでしょうか。

このような箱の中に入っている状態から
抜け出す(箱から出る)には
どうすればよいのでしょうか。

”相手をひとりの人間として接すること”
”自分とは違う存在として認めること”
です。

自分の意識がちょっと変われば
人間関係がかわります。

先代と後継者が親子だと、距離が近すぎて
人と人として向き合うことはなかなか難しいです。

特に親は”うちの息子、うちの娘”という意識でしょうから。

私も親の会社を継ぐはずだったので、
なかなか人としてというか
素直な気持ちで見れないのは
よくわかります。
→ 私のプロフィール

私が独立して、すぐに父親は亡くなったのですが、
生きていれば、経営者の意見を
いろいろ聞いてみたかったなぁと

今は思えますが、生きてるときは
ほとんど口をききませんでした。

相手とちゃんと向き合って、
人と人として対峙したら
わかりあえる、というものでもありません。

考えを受け入れることはできますが、
意味を飲み込む(=納得する)ところまでには
まだいたりません。

人として向き合えたから、
お互いの考えを受け止めて、
なんとか受け入れたとしても、
その先は。。。

箱から出て、素直になれたからこそ
会社を引き継ぐのをやめた、という決断もあります。

 

チームビルディングを学ぶなかで、
”人と人は違う”ということを実感することができました。

だから考え方が違って当然で、
自分の意見を押し付けようとすることは
無意味です。

ただ、『人と人は違う』の
”違う” というのは、
『わかりあえないから排除する』という方向に
向かってほしくはないのです。

引き継ぐのをやめた!ではなく、
人と人は違うということを認める。

自分と違うフィルターを持つ人がいてラッキー。
違ってラッキーって思うくらいがいいのです。

そもそも人と人はわかりあえないもの
っていうところから始めましょう。

”理解には時間がかかります”
受け入れて、共感した先に真の理解があります。

だから、人も組織も
お互いが ”共感” できるところを

”共通のビジョン”として、
まとめていくことから始めていきます。

お読みいただき、ありがとうございました。

つまるところ「人と組織」
社長の想いを語りなおして
強み×8割の社員が育つ仕組み×関係性をデザインする
鈴木早苗でした。

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