共感の始まりは自分を知ること

第899号

ゴールデンウイーク中に耳鳴りを発症し
やっと休み明けに病院で受診。

初めての病院なので、緊張しながら
「耳鳴りは治しようがないって
聞いているので、こんなこと
くらいで診察してもらって
いいのかなぁって思ったんですが。。。」

と言う私に、

「そんなことはない、つらいですよね」
という一言を先生からかけていただき、

一気に緊張がほどけて、なごやかな
ムードで診察を終えました。

病は気から、と言いますが
すっかり安心したせいか、
耳鳴りの音も小さくなったような気がした
ものです。

共感してもらえるって
うれしいことだなって
あらためて実感しました。
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以前、頭の怪我をしたときに
ひどいめまいに襲われ、
相談した脳外科で
「死にはしないから」と
言われたことがあります。

命と向き合うことが多い
現場で働いておられるので、
確かに間違いではありませんが、
すごいことを言うなぁと
思ったものです。

不安で弱っているときには
やっぱり、共感してほしいなぁと
思ってしまいます。

どちらの先生が正解とか
良い悪いではなく、

このとき私に必要だったのは、
ということですね。

共感とは
自分が経験したことがなくても
目の前の人が話す状況に自分も
おかれたら、と考えて、
自分もそう思えると感じること
です。

脳外科の先生がおっしゃったのは
事実を見て、判断して、出てきた言葉
でした。

判断とは、言ってみれば
その人からの目線です。

私がほしかったのは、
相手の目線にたった
一言だった、
ということになります。

そのあと、脳外科の先生は
耳鼻科でも診てもらえばと
言ってくださったおかげで、
病名がはっきりし、
めまいも改善されました。

この経験を私の仕事で考えてみると

私は、共感するところを
何度、判断することに
気持ちが動いてしまい、
役にたったつもりに
なっていたことがあったか、
と、思います。

どうしても、その事案に
対して知識、経験があると

何よりそこに法律がからむと
判断してしまいがちです。

勿論、判断が悪いわけでは
ありませんが、
いったんそれを横において

私が言うようなことは
百も承知のうえで、
あえて聞いておられるのでは?
と考える余地が私にあれば、
と思うのです。

そうできれば、
聞かずにはいられない思いに
共感することができていただろう
とも思うのです。

私のような経験はありませんか。

部下の方の話の途中で
判断下して
話が終わるや否や

「こうすればいいんだ」と
言ったことはないでしょうか。

あるいは、

共感するために、
相手がどういう思考のタイプ
なのか分かろうとする努力であったり、
面談の基本の型を学んだり
いろいろ取り組んでおられる
かもしれません。

それも大切ですが
どんな場面でも万能
というわけにはいきません。

そもそも、自分は
どういう思考のタイプなのか。

相手を知る前に
「自分を知る」ことだと
思います。

たとえば私の場合は、
どうしても法律がらみだと
良い悪いの判断をして
しまいます。

答えを出すことが正解だと
思って反応してしまう
ところがあります。

こういうときに、無意識に
そういう反応をするという
自分を知っておくことは
重要だと思います。

そういう自分を知ったうえで
(受け入れたうえで)

相手を知ろうとする姿勢や、
学んだ面談の型が
活きてくるのだと思います。

なかなか相手を知ろうと
観察しても、
面談の技法を学んでも、
うまくいかないというときは

どんなときに、無意識に、
判断してしまったり、
自分の答えを持ってしまうのか

まずは、自分を知ることを意識
してみることも大切だと
私は思います。

お読みいただき、ありがとうございました。
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