当たり前のレベルが違ってあたりまえ

第136号

先日、「正社員にも時給広がる」という記事を
日本経済新聞でみつけました。

正社員は月給制
非正規社員(パート等)は時間給
という当たり前と思ってきましたが、
そうではなくなってきたようです。

1日8時間 1週40時間 法定労働時間と言われるものです。

1日8時間働けない人は、これまでなら
パート等非正規社員の道が一般的でした。

でも、短時間しか働けない人を
正社員として迎え入れる会社が増えてきた
というのです。

賃金は、月給制の現行社員の支給額を
時給に換算して支払います。

人手不足がこのようなことを可能にしたとも言えます。
働き方改革が後押ししたとも言えます。

働き方改革では、厚生労働省によると

“働く方の置かれた個々の事情に応じ、
多様な働き方を選択できる社会を実現し、
働く方一人ひとりがより良い将来の展望を
持てるようにすること”

を目指しています。

そうした状況のなか、上記であげたような
これまでの当たり前をくつがえす働き方が出てきました。

当たり前が当たり前でなくなるといえば、
評価制度では、

これまで社長が善しとして着眼点とした項目は
どんな項目があるのか、可視化しましょうと言ってきました。

そしてわかることは

できてあたり前の“当たり前のレベルが高い”ことです。

たとえば、取引先と情報交換するという行動も

情報交換自体が目的なのか

情報交換は手段であって目的はまた別にあるのか。

いずれを指すのかによって、
当たり前のあたり前が変わってきます。

社長の場合、間違いなく
取引先と情報交換するというのは手段であって

この行為によって売上があがる等の成果目的が
存在します。

最終ゴールの成果目的が存在するため

ただ単に、情報交換するだけが
目的になってしまう、ということにはなりません。
目的を見失わなければ。

ですから、

どうやって情報交換するか
どんな情報を交換するのか
どうなったとき、情報交換できたと言えるのか

このようなことまで考えているのが社長のレベルです。

なんでもいいから情報交換する というのと
深さ、視野の広さが違います。

ここのレベル感をそろえなければ、評価は一致しません。

自分の当たり前は、決して他人にとっての当たり前ではないのです。

評価項目として考えるときは、当たり前なら当たり前の
どのレベルまでを求めるのかを共有しなければ失敗します。

お読みいただき、ありがとうございました。

つまるところ「人と組織」
社長の想いを語りなおして
強み×8割の社員が育つ仕組み×関係性をデザインする
鈴木早苗でした。

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